過食の自覚のない人

中毒の体には色々ありますが、近年の主流は多くの場合が過食によるものです。
少し考えていただければわかると思いますが、薬膳とか食養生とか、端的にいうと生薬だとかいう呼び方からもわかるように、食べ物もその運用次第では、毒にも薬にもなるという当たり前の事実があります。
体を作る食べ方、体を動かす材料を得る食べ方、調子を整えたりサポートの役割を得る食べ方などが、よく知られている三大食べ方なわけです。

過食という言葉から連想されるのは、牛のようにひっきりなしにたくさん食べるということだろうと思います。ところが、先入観なしに丁寧に指で感じ取ってみますと、過食状態の体にも、消化不良や拒食などの様々な理由で、少量しか食べていないものがあります。
色々述べると長くなりますので、今回の事例の人は色々絡んでいて、理由は一つではないのですが、一つに絞って簡潔に示します。

便秘と過食には大きな関係があります。胃袋の動きが腸にも伝わるためです。多くの人が食べれば胃袋が働き、ところてん式に大便が押し出されるものと思っているようですが、それは誤りです。
ある日便が出ないといって困っている人がいました。観ると体は過食の体です。正直者の私は、過食の人が過食と言われて必ずおこなう「反論」に臆することもなく、「食べ過ぎです」と伝えました。すると案の定、これこれこういう風に食べてないのですという自己弁護が始まるのですが、ふんふんと聞いたふりをしながら、押し黙ったまま操法を進めます。そのうちに、大腸ガンじゃなかろうかとか、だんだんうるさくなってきたので、
「これは糖が余った過食状態です。ご飯のような良質な糖ではなくて、精白糖のような吸収の早い糖で、素早く使い切る必要がある糖分です。余分なエネルギーが体の緊張と鈍りを起こしています」と、示唆しました。
「いや、全然食べてないんです」
「きちんとお腹を減らしてから食べるようにしていますか?いまこれこれ食べていると言っていたではないですか」
「あら、聞いてらしたのですね。でもそれだけなんです。なのにお腹が減らないんです」
「いえ、それだけではありません。どこか間で甘いものが入っているはず。夕方以降は特によくありませんよ」
そうしてよくよく話を詰めていくと、結局のところ、甘いお菓子を間でたらふく食べているようでした。
どうしても欲しいときはご飯の後にすぐ、お腹いっぱい食べてもいいから、お腹を減らすためのインターバルでは、可能な範囲で体を動かすよう(この事例の人には難しいので、藤岡式呼吸法と整体運歩法メインで)指導し、大便の出るような体をつくる操法をおこなったところ、無事便は出るようになったとのことでした。

このように、食べ物の豊富な社会では、本能を超えて、欲望が暴走してしまいがちです。個々人に合った食べ方は、早いうちから見つけておくように、生活のあり方を点検し続け、丁寧に生きてみることも必要かもしれません。

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