整体通信令和8年1月号より
季節の体
冷えと乾きで体に影響が現れることが多くなります。中には夏でもないのに塩気の足りていない体の人を観ることがあります。おかしいなと思って聞いていくと、減塩をしているということがほとんどです。発汗による塩分の浪費は少なくなるものの、空気が乾くと汗は蒸散しているものです。夏場のように塩分のタブレットなどを摂取しながら水を飲むほどではないにせよ、食事からは必要量摂取しなければ、ナトリウムは筋肉を収縮させる時に利用されるものであるから、不足してくると心臓の鼓動が乱れがちになります。酷い場合はろれつが回らず体に力が入らないというようなことになる場合もあります。
難しいことは私たちの仕事として、要は美味しく感じるということは体が要求しているということだと知り、体の声に素直に乗っかってみると良いのです。中毒で体が錯乱して求めるのとは違いますよ。
解毒には水と糖が必要ですが、糖の過剰摂取は肝臓の部分(痢症活点)から右肋骨、側腹と流れて右の腸骨が下がって、右股関節に影響が及ぶと共に下痢を起こします。下痢が終わると右の腸骨が上がり、解毒が完了です。痢症活点の操作と合わせると排泄の経過が速く済みます。
熱めの具だくさんの汁物が、水の吸収効率が良く、これはいつでも使える手段ですので、乾きが深まって水を飲んでも吸収しなくなった体の人は、一週間続ければ大抵良くなります。痰や小便が濃くなったり、唇や指先が割れ始めたなら、まず思い出してやってみてください。
今年は三週間遅れで春の体への変化が現れるでしょう。2月上旬頃からになるかと思います。
心身の若さと股関節
股関節は回春(若返り)の急処、逆に言えば老化現象の急処です。
ただ年若いというだけで、身体能力や考え方や感受性が老人並みの若者がいる一方で、90歳を超えても溌剌としている御仁もおられます。これは何がそうさせているのでしょうか。答えは呼吸器の働きと股関節の可動性・弾力性の良さにあります。こういう方々は物事を実現させることに長けており、判断を間違えない。良い判断には迷いなく取り組んで機を逃さない。たとえ間違えてもいち早く気づいたり、意見を受け入れるなどして修正する能力が高い。一方で、間違えたと知ってもそれを認めないことも多いです。ところが良い方向へ速く修正してしまっているので誰も文句が言えません。とにかく、良い方向に速い。それは体の動きが良いからなのです。動きの悪い人は頑固で意固地になり、柔軟に物事を考えられないので悪しき事例にとらわれ、幼稚な決断をしてそれを変えず自縄自縛の八方塞がりになり、信用する相手を間違えることも多い。何故あの人を信じた?というようなミスを時々犯します。動きが良い人は、疲れてこわばっているときにそうしたミスを犯しますが、弾力が回復するとそれすら素早く修正できるのだからたいしたものです。これは年齢に関係なく、何歳であってもその人なりに最大限の可動性を有すれば良いのです。体全体各部の筋肉の伸び縮みを点検することによってそれは誰にでも可能です。素直な心の持ち主であれば効果も大きく、そうでない人もそれなりに心と体が変化してゆきます。
疲れると関節は拡がり下がります。よく動く関節は隙間があります。ならば拡がるなら良いじゃないかとお考えになるでしょう。余分に拡がると下の関節に影響が及ぶのです。つまり下の関節が詰まってきます。また拡がるには外に拡がるというのもあります。頭蓋骨も拡がって下がると人相が老け顔になります。頭蓋骨を拡げる元になるのは、脊椎や骨盤、肩甲骨や胸郭といった部分の力が及んでのことで、それは頭部打撲やストレス、産後の過ごし方の失敗の影響だったりと色々です。
股関節の可動性を悪くするには、腰(尻)が下がれば良い。骨盤の一部である腸骨の傾きや低下によって、仙腸関節にも影響があり、恥骨も狂ってきます。女性であれば生殖器系や月経とも関連が深いのですが、男性同様に老化現象や小便の問題(左)、アレルギーなどの中毒症状(右)、ほか心臓や痔、頭なども関連があります。その根本原因が薬の中毒だったり、心理的なものであったり、過食、冷え、打ち身、生理排卵中の過ごし方、産後の過ごし方、体の使い方、呼吸器の硬直、暑さ、三歳までの栄養状態などなど人によって異なるため、体の読みが必要になります。
多くの場合、腰や腸骨を下げるのは肋骨からの力の流れであり、股関節や腰だけをいじったところで、元を正さねば同じことを繰り返すのみで一向に良くなりません。特に手術などを闇雲におこなうことによって、関連する部位に取り返しの付かない影響を与えることもあります。これは治せません。そういうもの以外なら、整体操法にしかない肋骨挙上の技術を用いることによって、正すことができます。
肩甲骨や肋骨からの影響を受けるのと同じように、股関節が詰まってきた場合に、逆に波及してゆくこともあります。股関節から上へと流れることで、視力の低下であったり頭の働きの鈍りであったり、呼吸器系統や腹部の不調など、一見老化現象であるかのような不調が表れやすくなります。
逆に言えば股関節の可動性をつけると、心も体も若返ったように見えてくるということです。
心と体は一連のもので、別々なのではありません。多くの人を観てきて、この人は今こうすれば良いのにと感じることも多々あります。丹田の氣が抜けてきているときには「危ないよ」と伝え、気をつけていた人は軽いトラブルで済みますが、気をつけずにやらかした人は私から「言わないことではない」と畳みかけられると思って足が遠のきます。私はそんな済んだことはとやかく言わないのですが、下腹の氣が抜けていて体が硬いと、そう考えがちになります。ただ知り、行動し、修正するのみです。こういうのも全部体に現れてきます。その人の一挙手一投足に心が宿るのです。体の癖に性格を読み取ったり、動作や呼吸の中に心を汲み取ったりというのは、実は皆自然と生活の中でやっていることなのです。
秘すれば花とはいっても、こう言ったという事実が重要な場合があります。命の瀬戸際にあるという方も、犬猫含めてたくさん観てきていますが、危ないというときに何も言わないだとか、間違ったことを言うと、あなたがあの時触ったから亡くなったとか、あんなことを言ったから亡くなったと言われかねないので、家族や付き添いのいる前でハッキリとやかく言うこともあります。
日々命に向き合っている中で、命に対する礼というのは大変重要です。
地震前日
先月だかに青森で大きな地震がありました。動物が落ち着かなくなると言われますが、私も前日は気持ちが落ち着きませんでした。地震の後は非常に心が澄み切っており、前日のそわそわが嘘のようでした。前日は携帯電話の挙動も変だったりと、妙なこともありましたが、近場ではないためか、何故これほどざわつくのかがよくわからない一日でした。
このようなことは誰にでもあることです。私の場合はある部分に集中すると、動物の氣の粗密や異常部分が黒く見えたり白く見えたりするだとか、理屈抜きで答えが先にわかる(呼吸法や正しい姿勢も小学生の頃に見つけました)だとか、氣のかよった人に異変があるときに、ちょっと不思議なことが起こるとか、昔で言う透視のようなことができたりなどが子供の頃からあります。透視の訓練はしない方が良いと、理由付きで井本先生からのご指導があり、それからは一切訓練はしませんが、元からできたのでいまでもたまに、この地震前日のようなことがあります。本能の現れる度合いが強いのでしょうね。

